私の母方の実家は伊豆の修善寺にある旅館で、幼い頃遊びに行くと、板前さんが家族のために作ってくれる「奥の料理」を食べさせてくれました。おいしくて見栄えもキレイに作られたそのまかない料理は、私にとって特別なものでした。
我が家は至って普通のサラリーマン家庭。母は、シチューやコロッケといった当時で言えばハイカラなものが好きだった父のために、料理教室で習ってきては、一生懸命作ってくれたものです。決して豊かではない時代に私は「普通のものを普通に」食べさせてもらったと思っています。家族が作ってくれる普通の料理と、祖母の家で食べる特別な料理。どちらも大切な味の記憶です。そういった記憶がベースとなって、進路を考える頃には「料理」を通して「社会につながった仕事がしたい」という気持ちが生まれたのだと思います。
還暦を過ぎて普通のものを普通に食べられる幸せをつくづく感じることがあります。家庭にはそれぞれの味付けがあり、地域によっても本当に様々。でも家族を思って作る気持ちは共通です。
たとえ「おいしかった」という反応が返ってこなくても、料理そのものを通して子どもや孫の体に力となって流れ、その思いが伝わっていけば、それはとても幸せなことだと思います。添加物なども排除するのではなく、受け入れて、上手に折り合いをつけるのも知恵というもの。そして、私たち人間は、自然の恵みをいただいて、生きていること。と、いうことを、もう一度、感謝して、考えてゆきたいと思います。
(ふじの よしこ)1957年生まれ 東京都出身。学習院女子高等科卒業後、香川栄養専門学校製菓科入学。在学中から「キューピー3分クッキング」アシスタント、料理研究家助手を務める。1985年フリーとなり雑誌、テレビ、講習会で料理の指導をする。NHK「今日の料理」などテレビ出演をはじめ、オレンジページ等に料理指導。著書「女の子の好きなお弁当」文化出版局/「魚のおかずに強くなる」オレンジページ/「楽ちんシニアご飯」講談社 等。